6月21日のあなたへ。

庭園と鎌

聖書にもあるように、小麦と欲しくない草が共に生えることはあります。撒かれた種は運命の仕業で、どうしようもありません。穂がつく頃まで待ち、見極めて不要な草から先に刈って燃やしてしまいなさい、とイエスは言いました。人は「見誤る」ことがあります。わからないうちは慌てて切らず、大らかに。明らかに要らないとわかったものからザクっといって、そろそろOKです。

 (マタイ13章24節からですね。最初から運命の人とだけ知り合おうと思っても、なかなか無理なのです。私も付き合いは広いほうではないですけど、小さな縁にも小さいなりの役割があったりするものだと、思って生きてきました)