ルノルマンカード「木」と「きつね」前編

ルノルマンカードの「木」は、自然由来の生命力の象徴です。

都会の真ん中でも、汚れた空気の中でも、木が自由に根と枝葉を伸ばして葉を茂らせているなら、そこには自然の純粋なエネルギーが湧き出しています。

現実には、悲しいことに「かろうじて立っている」ようなかわいそうな木もあります。一方、ルノルマンカードに描かれる「木」は、片田舎の丘の上や小道の脇に健気に力強く立っています。

森の中で茂っている木々と違って、人々の切り拓いた生活圏や畑、牧草地の中に、取り残されたようにポツンと生えているようにも見えます。でも、太く育ったその木は、枝葉を今も伸ばし続けて「成長」し、空気を浄化し、自然界からの大使のように人里に常駐してくれています。時に、すっかり忘れ去られた駐在員のようだったりもしますけど(涙)。それでも木は、枯れたり病んだりしないで生き続けている限り、穢れに負けることはありません。

さっき、「自然由来の」って書きましたね。
自然由来じゃない生命力ってあるの?
本当はないですけど(笑)。よく気合いで乗り切るとか、気力を振り絞るとか、はたまた超自然的なパワーとか、人工的に元気になった気になるドリンクとか、そういう「力」じゃないですよー、ということです。

「木」が出たら「基本」に還る。

ルノルマン占いで「木」が出てる時は、人工的な強制やごまかしではなく、「大地に根を張って」基本に立ち返ることが大事です。
あなたの「基本」てなに?
そこから考えないといけない人も多いです。わたしだって。

万人共通の「基本」は、大地であり、肉体の健康です。どんなにスピリチュアルが大事といっても、わたしたち生きている人間は肉体の悩みや痛みから自由であって初めて頭脳も働きますし、心も整理されます。

わたしも、病の床で痛みに睡眠もままならなかった時に、どんなに精神だけ切り離そうとしたって無理でした。修行が足りないだけ?

だとしても、つまり、フツウの人には無理ってことですよね。

「自分は特別よ。ナオミなんかと違うわ」
という人もいるかもしれません。世界に何人かは、本当に身体の影響をまったく無視できる人もいるかもしれません。
でも忘れてはいけません、お釈迦様だって「身体が健康で初めて悟りも可能になる」と気づかれたんですから。このことは、今のスピリチュアル思想の流れとも決して無関係ではありません。

そして、少なくとも、ルノルマン占いで「木」のカードが出た時は、「あなたの細胞は元気?睡眠は?栄養のバランスは?」と問われています。

精神の「ユリ」、自然の「木」

どちらも、「魂」「ソウル」とつながっていますし、純粋な清らかな心を理想とします。

が、「木」は自然の力、大地と繋がっていないと意味を失います。

自然界の生きとし生けるものたちもみな魂を持っているとして、精霊みたいな存在も認めるとしても、「木」は根と幹を失っては成り立ちません。

ということで、さて、身体が地に足をつけて身心の平和な地点が見つかったら。

次の段階として、「家族や隣人との関係は?」と問われる場合もあります。

それはどういうこと?

その話は「きつね」のカードと深く関わっています。

長くなっちゃいそうです。続きは後編かな

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